幽:試し読みページ

 

 ・出会ったヒト

ボクが初めて『先輩』に出会ったのは大学に入って間もなく。バイトまでの時間潰しに、ネットカフェ代わりとして使おうと、地理学研究サークルに顔を出すようになって三日目のことだった。

「思っていたより、大学生活って充実しているもんじゃないね」

そう言って、盛り上がるサークル仲間の輪から外れて一人コーラを飲んでいたボクに声をかけてきてくれたのが、先輩だった。

ふわりと彼から甘いタバコの香りが流れてくる。

「はは……。ボクより一年も多く大学で過ごしている先輩に言われると、真実味が溢れすぎて凹みますね」

「中高生の時は『イベント』事は向こうからやってきたけど、大学に入ると『イベント』事は自分から動かないとやってこないからね。俺らみたいな一歩引いた人間には結構きついものがあるよね。……って、いきなり失礼なこといっちゃったかな? えーっと…………」

「あ、ボクは経済学部の小園(こぞの)正(ただし)と言います」

「小園君か……よろしくね」

ボクは、彼が自分と同じように、しばしば仲間の輪から外れて一人ジュースを飲んでいるのを知っていたので、思わず苦笑を浮べて頭を下げた。

「よろしくお願いします」

少し猫背で童顔の、明らかに非リア充なオーラをまとった先輩にボクは親近感を覚え、興味を持つようになった。

それは先輩の方でも同じだったらしく、少し長い前髪の隙間から見える細めの目をさらに細め、はにかむように笑った。

これが『人との関わりが少なくて済みそうだ』と選んだ地理学研究サークルで出会った、先輩との馴れ初めだ。

そして、これが……ボクが説明もつかない現象を目の当たりにしていくこととなる、序章でもあったのだ――――。

 

あるはずの無いトンネル(表

 

 

一 あるはずの無いトンネル

 

「今日、夜空いてる?」

先輩にそう聞かれたとき、僕は反射的に頷いていた。

「あ、はい」

そう言ってから、ボクは慌ててスマホのスケジュール帳を確認した。

――良かった、バイトは明日だった。

「ん? ごめん、なんか予定あった?」

ボクの行動を目にした先輩は、困ったように眉を下げた。

「いえ、バイトが入っていたかもしれないと不安になったんですが、明日でした」

「ずいぶんと時差ボケしているねぇ」

「ここのところ毎日、バイトまでの暇つぶしにサークル室使わせてもらってたもので、つい今日もバイトがあるかと錯覚しちゃって……。もう、毎日が同じことの繰り返しで、時間の感覚がおかしくなってきましたよ。ははは…………」

「ははは……ってねぇ。キミ……」

サークル室を時間つぶしのネットカフェ感覚で使っていたボクに、先輩は呆れた顔を見せた。

「大学入りたての健康な男子が過ごす時間の使い方じゃないよ。やっぱり、こんな掃き溜めみたいなサークル室で腐っているくらいなら、俺とドライブ行った方が健全だね」

「ドライブ? 先輩とですか?」

首を傾げるボクに、先輩はしたり顔で頷いた。

「これから、俺のバイト先のコンビニ仲間と一緒に一時間半くらい行った先の山に行くんだけどさ、全員で五人という半端人数になるし、俺も車出して二台で分乗して行くことになりそうなんだよね。だから小園君も一緒にどうかなって。せっかくだしね」

「せっかくだしって…………こんな時間に山へ行ってなにをするんですか?」

ボクは首を曲げて、窓の外に広がるオレンジと濃いブルーに染まった地平線を見た。

時刻はもうすぐ夜七時になろうとしている。夏だからとはいえ、さすがにこれから一時間半も過ぎれば辺りは真っ暗になるだろう。

ボクの戸惑いを察知したのか、先輩は少し気まずそうに笑った。

「山というよりも……トンネルに行くんだけどさ」

「トンネルっ?」

「バイト先の後輩がさ――まぁ、自称霊感体質の変な奴なんだけど。そいつが、客から変な情報仕入れてきたんだよね。とある山の麓にある小さなトンネルがあって、そこが結構有名スポットだ……って」

「有名……と言うと?」

先輩は浮べていた苦笑を静かに消し、声を潜めて囁いた。

「出ることで有名なんだってさ」

「出る……って…………幽霊ってやつですか?」

「その通り」

ボクは内心うんざりして首を振った。

「ボク、霊感とか無い……というか、見たこともないし。根本的に幽霊とか、UFOとか信じないタチなんですけど」

「ああ、俺もだよ。でもさ、怖いものは怖いじゃん。成り行き的に俺も車出すことになったんだけど、そうなると俺のキャラ的に絶対俺の車に誰も乗ってくれなさそうだし」

「……色々と先輩も生きるの大変そうですが、だったら、初めからそんな所に行かなきゃいいじゃないですか」

「それもそうなんだけどさ……少し気になるんだよね」

「何がですか?」

「後輩が客から聞いた話だと、その客も他の人から噂話しを聞いて、半信半疑で出ることで有名なトンネルに行ったらしいんだけど、確認した場所に行ってみたら何も無かったらしいんだ」

「何もないならよかったじゃないですか。所詮は噂話ですし――」

「違う違う。無いって言うのは……トンネルが無かったんだよ」

なんとなく、ボクの心がざわついた。

「……それなら場所を間違えたとか、元々そんな噂自体デマだったとか……」

「俺もそう思ったんだよ。でも、俺、話しを聞いて思い出したんだ。子供の頃その噂のトンネルを通ったことがあるって。……山の向こうにある海に行くためにね」

先輩の言葉を聞くにつれ、ボクの胸のざわめきが段々と大きくなっていく。

「その話をしたら、他のバイト仲間も時間を持て余してるから肝試しがてらに行きたいって言い出してさ。結局場所を知っている俺が先導して行くハメになっちゃったんだよねぇ……」

前々から思っていたが、先輩はお人好し過ぎると思う。

ボクもバイト先の居酒屋で、後輩にお願いされるがままに無理してシフトを入れてしまうことが多々あったので、あまり先輩をバカにするようなことは言えないが……。

「子供の頃に行ったトンネルの記憶ではそんな不気味なところじゃなかったしさ、一緒に来てくれないかな? ね? ね?」

半ば拝むようにボクを説き伏せようとする先輩に苦笑を浮かべ、ボクは小さく首を縦に振った。

「わかりました、一緒に行きましょう」

 

××××××

 

先輩の黒い愛車に乗ったボクは、助手席から真っ暗な林道をぼーっと眺めていた。

大学からそのまま先輩のバイト先のコンビニへ向かい、バイト仲間数名を紹介されたボクは、彼らの名前を覚える間もなく、先輩の車に乗り込んで目的とするトンネルへと向かったのだ。

「先輩、どうして車……スポーツカーにしたんですか?」

ボクはシートが二つしかない、狭い車内でなんとなく思ったことを口にした。

「スポーツカーなんかを選ぶから、こういう時に助手席にボクしか乗せられないんですよ? 乗り心地もちょっとアレですし……」

ボクはバックミラーに映る、先輩のバイト仲間がめいっぱい乗り込んだ後続の車に目を向けた。

彼らが乗っている車はごく普通のミニバンだ。

「彼女とかできたらスポーツカーの方がいいでしょ」

「先輩、彼女いるんですか?」

「…………いたら助手席にキミを乗せてこんな所にこないよ」

――彼女を乗せてこんな所に来ることも異常事態ですから。

そう心の底から湧き出てくる言葉を飲み込み、ボクは途切れがちになったFMラジオを弄った。

『さて……ガ……週のヒットチャート……ガ……リーです……ガガ……』

耳障りな雑音を交え、陽気なDJの声が最新のヒットチャートを紹介している。

「電波悪いんですかね……」

林道に差し掛かった辺りから、ラジオに雑音が混ざり始めていた。

『というわ……ガッ……ではみな……ガガッ…………ガッ……』

向かっている場所も場所だ。ボクはどう合わせても雑音が酷くなるばかりのラジオに嫌気がさし、暗闇に目を凝らしながら運転をしている先輩に言った。

「先輩、なんかCDかけていいですか? 電波入ってこないみたいですし」

「山の中だしねぇ。好きにしていいよー」

ヘッドライトの明かりだけを頼りに走る先輩は運転に集中しており、上の空といった風で返事をした。

ボクはため気をつきつつ、ダッシュボードから適当なCDを選んで曲を流そうとした。

が、しかし……。

「あ、あそこだよ!!」

「!?」

先輩の声にビクリと肩を震わせたボクは、再生のボタンを押す手を止めて外を見た。

暗い…………。

けれども……明るい。

真っ暗闇のなかに、そこだけ切り抜いたように黄色の光を放つ『口』が開いていた。

茂る木々の根元から、昼間温まった蒸気が冷えてモヤとなり、薄ぼんやりとした霧が生まれている。

そのモヤを隠れ蓑にするかのように、目的のトンネルは口を開いていたのだ。

「やっぱりちゃんとここにあるじゃんね」

トンネルの前で車を止めた先輩がこわばった身体をほぐすようにして、肩を落とした。

「きっと、先輩の後輩にここの話をした客さんは、違う場所に行っちゃったんですよ」

「だよねぇ……」

エンジンを切り、車のドアを開ける先輩。

ボクとしてはこんな所で車から降りるのは嫌だったのだが、あまり大騒ぎするのもみっともないと思い、何事も無い風を装って先輩に続いた。

「おーい、ここって例のお客さんが言ってた場所であってんの? ちゃんとトンネルあるじゃんねー」

後続車から降りていたバイト仲間の一人が、タバコに火をつけながら近寄ってきた。

真夏だというのに周囲の空気は薄ら寒く、ボクは続々と降りてくるバイト仲間の人達を遠巻きに見ながら肩をすくめていた。

「だって、客は××街道から右に行った×××の先のトンネルって言ってたんでしょ? そしたらここしかないねぇ」

「ふーん…………ってことは、結局、客の場所間違えってことだよなぁ」

「つまり、ここが出ることで有名なトンネルで間違いはない……んすよね」

皆の話す声がトンネルに反響し、不気味なうねりをもって耳に返ってくる。

気のせいだろうか、鼻腔にどこか生臭い異臭を感じる。

 

 

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